耳よりな話
科学も認める《はりのチカラ》②
鍼治療の自律神経調節・抗ストレス作用、鎮痛作用
鍼を皮膚から刺し入れ、その下の筋肉層まで刺し込むーこうした鍼治療の手順は皮膚および筋肉内の休診性の(末梢から中枢へ向かう)感覚神経を刺激していると考えられます。感覚刺激に反応する脊髄から中枢神経に無核経絡は、主に「脊髄視床路」で構成されています。痛覚、触覚、振動覚等の知覚神経の刺激は、さらに大脳の知覚中枢に送られます。加えて「脊髄視床路」は「延髄」「中脳水道周囲白質」「視床下部」などにも分枝を投射して、これらと連絡しています。このような神経経路を基点にして、鍼治療の自律神経調節・抗ストレス作用、鎮痛作用を考えていきます。
鍼治療の自律神経調節作用
延髄にある細胞群「孤束核:Nucleus Tractus Solitarius(NTS)」は、循環器系、呼吸器系、胃腸系からおくられてくる求心性内臓情報を中枢に伝える”中継”の働きをします。最近の研究では皮膚からの知覚を受け取り中継していることもわかってきました。「孤束核」は、内臓機能の調整に大きな役割を果たしている迷走神経(副交感神経の別名)の起源である「迷走神経背側核:Dorsal Motor nucleus of Vagi(DMV)」に隣接していおり、一方で、脳幹にあり交感神経の起源である「延髄吻側腹外側野(Rostral Vevtrolateral
Medulla(RVLM)」にも投射して繋がっています。
この孤束核が鍼刺激によってひとたび興奮すると、延髄にある「迷走神経背側核」「延髄吻側腹外側野」の両方、あるいはどちらかが活性化して、自律神経(副交感神経と交感神経)機能が変化を受けます(図a)。これが自律神経調節の働きにつながっていると考えられます。
鍼治療の抗ストレス
動物実験の結果は、ストレスのもたらすさまざま生理反応を鍼刺激が変化させることを教えています。ラットや犬にストレスを与えると、交感神経活動が増加し、反対に副交感神経活動は低下します。例えばラットは身体を拘束しストレスを与えると、胃運動は低下し、反対に大腸運動が増加します。このとき足の三里(膝下の反応点ツボ)に鍼刺激をすると、低下した胃運動や増加した大腸運動が正常に戻っていきます。犬に大音量の雑音を聞かせるストレス(音響ストレス)を与えると、胃の空腹期の収縮運動が完全に停止してしましますが、これも足の三里に鍼刺激をすると、音響ストレスによる障害がなくなり、収縮運動が回復します。足の三里に鍼刺激をすることで、ラットの場合も犬の場合も、高かまっていた交感神経活動が低下し、低下していた副交感神経活動が高まります。これは、鍼刺激が副交感神経を興奮させ、ストレスに曝(さら)されていても交感神経の緊張を抑制して、損なわれていた胃腸運動を回復させることを示しています。
「視床下部」から放出されるオキシドシンは、「副腎皮質刺激ホルモン放出因子;Corticotropin releasing facor(CRF)」の発現を阻止することで抗ストレス効果を発揮します。鍼治療の抗ストレス効果は、鍼が視床下部を刺激して、オキシドシンの発現が促され、それによって調整されているものと考えられます(図C)。慢性ストレス負荷後の鍼治療では、視床下部でオキシドシン細胞が増え、CRF細胞が減るのが確認されています。その結果、慢性ストレスに曝(さら)されていても、内臓の機能異常が見られなくなります。また「
強い不安感」「ストレスがうまく処理できない」「人をうまく付き合えない」などの特徴がある「外傷後ストレス障害;Posttraumatic stress disorder(PTSD)」ですが、最近の臨床試験の結果によると、こうした「外傷後ストレス障害」を罹(かか)った患者の治療にも、鍼治療が有効であることが報告されています。
足の三里にみられる鎮痛効果
痛みを和らげる効果(鎮痛効果)には、オピオイドを放出する神経細胞の働きが重要です。脊髄から脳へ伝えられる「痛み」の情報は、延髄のレベルで「中脳水道周囲灰
白質(Periaqueductal Gray;PAG」から放出されているオピオイド神経によって抑制を受けます。これを「オピオイドの下降性抑制」と呼んでいます。
鍼治療による鎮痛効果は、鍼の刺激を受けて起こる内因性のオピオイドによって調整されていることが以前から確認されています。直腸の伸展による激しい痛みが、足三里(下肢)への電機鍼治療で減弱するとこは犬の実験で確認されていますが、オピオイド受容体の働きを抑える「ナロキソシン」を実験の前にあらかじめ投与しておくと、電気鍼の鎮痛効果が消失します。このことは、足三里への電気鍼治療で内臓痛が減弱するのは、中枢のオピオイド神経が働くことを意味しています(図b)。
(「公益法人 日本鍼灸師会」)